東京デフリンピック、陸上男子円盤投げ。 金メダルが決まった瞬間、スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれた。
しかし、サークルの中央に立つ覇者・湯上剛輝選手には、その「音」は届いていない。 彼が感じていたのは、地面から伝わる振動と、自身の指先から放たれた円盤が描いた、完璧な軌道の残像だけだったかもしれない。
私はこの金メダルに、単なる「障害者スポーツの頂点」という言葉では語り尽くせない、二つの深い価値を感じる。
1. 「聞こえない」を「強さ」に変えた回転
円盤投げは、繊細な技術と爆発的なパワーが同居する競技だ。 回転の遠心力を指先一点に集約し、リリースする瞬間。そこには高度なリズム感が求められる。 通常、選手は足音や衣擦れの音でタイミングを計るというが、湯上選手にはそれがない。
しかし、彼はその「静寂」を最強の武器に変えた。 余計なノイズが一切入らない、純度100%の集中力。視覚と筋肉の感覚だけを研ぎ澄ませて作り上げたその回転は、誰よりも速く、そして美しい。
彼が空に描いたアーチは、音がないからこそ、見る者の心に「轟音」のような衝撃を与えたのだ。
2. 二つの世界の「境界」を壊す投擲(とうてき)
湯上選手の凄さは、彼が「デフリンピックの王者」であると同時に、「日本陸上界のトップランカー」であることだ。 彼は、健常者のトップ選手が集う「日本選手権」でも表彰台に上がり、日本記録に迫る投擲を見せている。
「障害があるから」という言い訳も、「障害者枠」という甘えも、そこには一切ない。 ただ純粋に「誰よりも遠くへ飛ばす」。その一点において、彼は聞こえる世界と聞こえない世界の境界線を、自らの円盤で軽々と飛び越えてしまった。
3. 静かなる王者が灯した光
表彰台の真ん中で、彼が見せた笑顔。 それは「音のない世界」に生きる多くの子供たちにとって、どんな言葉よりも雄弁な希望のメッセージとなったはずだ。
言葉はいらない。音もいらない。 ただ、ひたむきに磨き上げた技術があれば、世界はここまで鮮やかに輝くのだと。
東京の空に放たれた金色の円盤は、私たち観衆の心の中に、消えることのない「勇気」という波紋を広げ続けている。(了)
筆者: 灯屋新聞編集部 論説委員 橋野しおり


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