【探訪記】「あるがままに生きよ」に救われた日。九州国立博物館『法然と極楽浄土』展へ行ってきました

コラム

「となえれば、そこへ。」

ポスターのその言葉に惹かれるように、私は太宰府の山懐に抱かれた九州国立博物館へと足を運んだ。 開催中の特別展『法然と極楽浄土』。 会期は11月30日(日)まで。フィナーレ直前の会場には、静かだが確かな熱気が満ちていた。

実際にこの空間に身を置いて感じたのは、850年前の教えが、驚くほど現代の私の心に「効く」という事実だった。

1. 圧倒的な「救いのスピード」を体感する

会場に入り、私の足が止まったのは、やはり「来迎図(らいごうず)」の前だった。 死者を極楽浄土へ迎えに来る阿弥陀様の姿を描いたものだが、中でも「早来迎(はやらいごう)」と呼ばれる作品の迫力には言葉を失った。

山々を越え、雲に乗った阿弥陀様たちが、ものすごいスピードでこちらへ向かってくる。 「急げ、急げ」という声が聞こえてきそうなその描写。 それは、「一刻も早くあなたを救いたい」「決して一人にはさせない」という、仏様の必死な愛そのものだった。

絵の前に立っているだけで、「ああ、私は守られているんだ」という温かい安堵感が、理屈抜きに胸に込み上げてくるのを感じた。

2. 「頑張らなくていい」という許し

法然上人が生きた時代は、戦乱や災害の続く乱世だった。 そんな中で彼が説いた「南無阿弥陀仏と唱えれば、誰でも救われる」という教え。 厳しい修行も、学問もいらない。「あるがまま」の姿でいい。

展示品を通して法然上人の人生を追体験していくうちに、その言葉が、現代社会で「もっと頑張れ」「結果を出せ」と擦り減っている自分の心に、優しく沁み込んでいくのが分かった。

「弱き身のままでよいのだ」。 そう許された気がして、会場を出る頃には、背負っていた荷物が少し軽くなったように感じた。

3. 今週末、太宰府で心を洗濯する

博物館を出ると、太宰府の秋の風が心地よかった。

この展覧会は、単なる美術鑑賞ではない。 現代を生きる私たちが忘れていた「安心」を取り戻すための、心の洗濯のような時間だった。

会期は残りわずか、今週末の30日(日)までだ。 もし今、心が少し疲れていると感じる人がいれば、ぜひ足を運んでみてほしい。 そこには、あなたを全力で肯定してくれる「光」が待っているはずだ。(了)

筆者: 灯屋新聞編集部 論説委員 橋野しおり

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